8/31の残り物

「死ネタについて」

 

少し前の話になりますが、

ある作品でとても好きなキャラクターが亡くなりまして…

 

オタク友達とその話をしていて衝撃を受けた価値観の違いの話です。

 

そのときに言われたのが、

「幽霊とか輪廻信じてるから悲しくない」ということと、自分の二次でも死ネタは推しだという話で、そういう考え方もあるのか…っていう…

 

ほーん、なるほど〜…

 

その時の私の「とりあえず共感してもらいたかったのにな…」という気持ちを引いたとしてもなんかモヤっとしたので残り物としました。

 

この違いはどこから…

自分のなかでの公式の位置付けの違いが生み出しているのか…?何がモヤモヤの原因なんだ…?ということで、結構本格的に相手の意図する事がわからないので

 

ひとまず推しの死に対して輪廻転生に絡めて私の見解を述べると…

 

  • 私はいくら輪廻転生しても魂、本質は変わらないって言われたって、それは私の好きなそのキャラではないと思う。
  • それは、私はそのキャラの生きてきたバックグラウンドとか、葛藤とか今の環境に至るまでもがいてきたことを含めてそのキャラクターが好きであるため、いくら転生しても同じ生き方なんてできない=推しとはちょっと違う同じだけど違う人、になると思うからだ。
  • (でも学パロは受け流して楽しめたりもするからそこまで厳格じゃないんだろうなぁ)

 

だから、今回の違いは

亡くなった人(推し)のクローン(二次)はその人(推し)本人と言えるのか?

 

という質問に対して私はNo、彼女はYesと答えるところから考えの違いがあったのかなぁ…と思いました。

 

 

 

 

ちなみに悲しいをすこし細かくみると、そのキャラの人生が終わってしまうというのは小説が終わるのとと同じ感覚であり、

動じないので美しいものになるとは思うけど(確かに亡くなるシーンは本当に性格とか表情とか色んなものが引き出されてて、最高の見せ場になっていたと思うよ…!)

それでも、まだ私は彼のいろんな可能性や表情を見てみたかった、と感じて悲しんでました。(重いな)